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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)15446号 判決 1988年3月29日

原告

大竹宏美

被告

荒武博樹

ほか一名

主文

一  被告荒武博樹は、原告に対し、五六万五九五五円及びうち三〇万円に対する昭和六一年二月二二日から、その余の二六万五九五五円に対する昭和六二年一一月二一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告共栄火災海上保険相互会社は、原告に対し、五六万五九五五円及びこれに対する昭和六二年一一月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らのその余を原告の各負担とする。

五  この判決は、一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、一一一万五九五五円及びうち三〇万円に対する昭和六一年二月二二日から、うち八一万五九五五円に対する昭和六二年一一月二一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、昭和六一年二月二二日午後零時二五分ころ、東京都大田区西蒲田二丁目三番地先道路(以下「本件道路」という。)の信号機のない横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)において、被告荒武博樹(以下「被告荒武」という。)運転の原動機付自転車(大田区ね四三九四、以下「加害車」という。)に衝突されて転倒し受傷した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告荒武の責任

被告荒武は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により原告の後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告共栄火災海上保険相互会社(以下「被告会社」という。)の責任

被告会社は、被告荒武との間で加害車につき本件事故を保険期間内とする自動車損害賠償責任保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していたものであるから、原告に対し、自賠法一六条一項により、政令で定める保険金額の限度において損害賠償額の支払をすべき責任がある。

3  原告の傷害及び治療経過

原告は、本件事故により頭部打撲、左下腿擦過創及び打撲、右大腿及び下腿打撲、右肩打撲並びに骨盤打撲の各傷害を負い、昭和六一年二月二二日から同月二四日までの三日間にわたり城南総合病院において、同月二五日から同年三月一七日までの二一日間にわたり吉澤病院において、更に同年一二月一八日及び同月二三日の二日間にわたり東京慈恵会医科大学附属第三病院においてそれぞれ治療を受けたが、左下腿前面に幅七ミリメートル、長さ四五ミリメートルの、右下腿前面に幅五ミリメートル、長さ二〇ミリメートルの各瘢痕を残して症状が固定した。

4  損害 合計一一一万五九五五円

(一) 治療費 三九九五円

原告は東京慈恵会医科大学附属第三病院に対し、本件事故による前記各傷害の治療費として三九九五円を支払つた。

(二) 診断書作成料 合計一万一〇〇〇円

原告は、本件事故により前記各傷害を受けた事実を証明する診断書を作成してもらうため、城南総合病院に対し三〇〇〇円、吉澤病院に対し三〇〇〇円、東京慈恵会医科大学附属第三病院に対し五〇〇〇円を支払つた。

(三) 通院交通費 九六〇円

原告は東京慈恵会医科大学附属第三病院への交通費(バス)として九六〇円を出捐した。

(四) 通院慰藉料 三〇万円

原告の受傷態様及び治療経過等を考慮すると、本件事故による原告に対する通院慰藉料は三〇万円が相当である。

(五) 後遺症慰藉料 七〇万円

原告の下腿部の瘢痕はスカートをはいても露出する部分であり、原告が昭和四四年二月八日生まれの少女であることを考えると、将来にわたつてその精神的打撃は大きいから、右後遺障害に対する慰藉料は七〇万円が相当である。

(六) 弁護士費用 一〇万円

原告は、本件訴訟の提起及び遂行を原告訴訟代理人に委任し、その着手金及び報酬として一〇万円を支払うことを約束した。

5  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し、前記損害の合計額一一一万五九五五円及びうち通院慰藉料三〇万円に対する本件事故の日である昭和六一年二月二二日から、その余の八一万五九五五円に対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年一一月二一日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の事実はいずれも認める。

2  同3(原告の傷害及び治療経過)の事実のうち、原告が、本件事故により傷害を負い、城南総合病院、吉澤病院及び東京慈恵会医科大学付属第三病院に通院して治療を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同4(損害)の事実のうち、(一)(治療費)及び(六)(弁護士費用)は知らない。(二)(診断書作成料)及び(三)(通院交通費)は認める。(四)(通院慰藉料)及び(五)(後遺症慰藉料)のうち、原告の生年月日は認めるが、その余は争う。

なお、原告は、後遺障害に対するいわゆる事前認定のため昭和六一年一〇月六日自動車保険料率算定会自動車損害賠償責任保険新宿調査事務所において面接を受けたが、同人の両下肢にみられる瘢痕はいずれも「手のひら大」には至らず、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表所掲の後遺障害等級のいずれにも該当しないものと認定された。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故は、原告が本件横断歩道を横断するに当たり、本件道路を進行する車両の有無を確認しないまま道路上に走り出た過失によつて発生したものであるから、原告の損害を算定するに当たつては同人の右過失を斟酌して減額すべきである。

2  過払いによる充当

本訴により請求されている以外に、被告荒武は城南総合病院の治療費及び通院交通費として八万円を、被告会社は城南総合病院の文書料として八〇〇〇円及び吉澤病院の治療費として一万九三二〇円を既に原告に対して支払つているが、前記過失相殺をすると右既払い金の一部が過払いとなるので、右過払い分を本訴請求額に対する弁済として充当すべきである。

四  抗弁に対する原告の認否

1  同1(過失相殺)の事実は否認する。

2  同2(過払いによる充当)の事実のうち、原告が本訴請求額以外に被告荒武から城南総合病院の治療費及び通院交通費として八万円、被告会社から城南総合病院の文書料として八〇〇〇円及び吉澤病院の治療費として一万九三二〇円の支払をそれぞれ受けていることは認めるが、過払い分を本訴請求額に対する弁済として充当すべきである旨の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

したがつて、被告荒武は原告に対し、自賠法三条により後記損害を賠償すべき責任があり、被告会社は自賠法一六条一項により政令で定める保険金額(一二〇万円)の限度において原告の請求し得べき損害賠償額を支払うべき責任がある。

二  次に原告の傷害及び治療経過について判断する。

原告が本件事故により傷害を負い、城南総合病院、吉澤病院及び東京慈恵会医科大学附属第三病院において治療を受けたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実にいずれも成立に争いがない甲第三ないし五号証、第七号証の一、二及び第八号証の七、八、昭和六三年一月一七日橘豊茂が原告の下腿部を撮影した写真であることに争いがない甲第九号証の一ないし三並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故により、頭部打撲、左下腿擦過創及び打撲、右大腿及び下腿打撲、右肩打撲並びに骨盤打撲の各傷害を負い、昭和六一年二月二二日から同月二四日までの三日間にわたり城南総合病院において、同月二五日から同年三月一七日までの二一日間にわたり吉澤病院においてそれぞれ治療を受け、更に同年一二月一八日及び同月二三日の二日間にわたり東京慈恵会医科大学附属第三病院において治療を受けたが、左下腿前面に幅七ミリメートル、長さ四五ミリメートルの、右下腿前面に幅五ミリメートル、長さ二〇ミリメートルの各瘢痕を残して症状が固定したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  進んで原告の損害について判断する。

1  治療費 三九九五円

前掲甲第七号証の一及び二によれば、原告は東京慈恵会医科大学附属第三病院に対し、本件事故による前記各傷害の治療費として三九九五円を支払い右相当の損害を被つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  診断書作成料 合計一万一〇〇〇円

原告が請求原因4(二)の診断書作成料を支払い右相当の損害を被つたことは当事者間に争いがない。

3  通院交通費 九六〇円

原告が請求原因4(三)の通院交通費を出捐し右相当の損害を被つたことは当事者間に争いがない。

4  慰藉料 五〇万円

原告が昭和四四年二月八日生まれであることは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いがない甲第一号証及び第八号証の六によれば、原告は本件事故当時大森高等学校の二年生に在学中の女子学生であつたことが認められるところ(右認定を覆すに足りる証拠はない。)、右事実に後記5に認定説示の本件事故の態様、受傷の内容・程度、治療経過並びに後遺障害である下腿部の瘢痕の場所及び形状その他被告らが抗弁2の治療費等の支払をしていること(当事者間に争いがない。)等本件審理に顕れた一切の事情を総合考慮すると、本件事故により原告が被つた精神的苦痛に対する慰藉料は五〇万円と認めるのが相当である。

5  過失相殺及び過払い充当の主張について

前記認定事実に前掲甲第八号証の六、いずれも成立に争いがない甲第八号証の二ないし五及び弁論の全趣旨を総合すると、本件道路は池上通り方向から多摩堤通り方向へ通ずる車道幅員四・九メートル(そのうち東側一・三五メートルは路側帯)の平坦かつ直線状のアスフアルト舗装道路であり、車道西側には幅員一・七メートルの歩道が設置されていること、池上通り方向から多摩堤通り方向への一方通行、最高速度時速三〇キロメートルの指定及び駐車禁止の各交通規制が実施されていたこと、本件道路は市街地の裏通りに当たり、本件事故現場の周辺には民家が密集しているうえに中学校や高等学校が点在し、人車の通行量がかなり多かつたこと、本件横断歩道は本件道路東側にある大森高等学校の正門前に設置された幅四メートルの横断歩道であり、本件事故当時本件横断歩道の東側及び大森高等学校正門前の路側帯上には一〇数名の高校生が立ち話しをしていたこと、被告荒武は加害車を運転して本件道路を池上通り方向から多摩堤通り方向へ毎時約三〇キロメートルの速度で進行し、本件横断歩道の手前約一五メートルの地点で立ち話しをしていた右高校生らが本件横断歩道を横断しようとしているのを認めたが、同人らが渡る前に本件横断歩道を通り過ぎようと考え、一時停止することなく前記速度のまま同人らを進行方向右側に避けながら本件横断歩道を通過しようとしたところ、同人らの陰から本件横断歩道を小走りに横断してきた原告をその約九メートル手前で発見し、慌ててハンドルを右に転把するとともに急制動の措置を採つたが間に合わず、これに衝突して転倒させたこと、原告は加害車と衝突するまでその接近に気付かなかつたことの各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告荒武は、進路前方の横断歩道上に横断しようとしている多数の歩行者を認めたのであるから、その横断歩道の手前で一時停止し、歩行者の横断を妨げないようにすべき注意義務がある(道路交通法三八条一項)のにこれを怠り、一時停止することなく漫然毎時約三〇キロメートルの速度のまま横断歩道を通過しようとした重大な過失があるといわなければならない。一方、原告にも本件道路を進行する車両の有無を確認しないまま横断歩道上に走り出た落度があることは否定し得ないところであるが、前記認定のような本件事故現場の状況及び被告荒武の過失の程度等に照らすと、原告の右落度を過失相殺事由として斟酌することは相当とはいい難く、慰藉料算定の際の参酌事由にとどめる。

したがつて、被告らの過失相殺及びこれを前提とする過払い充当の主張はいずれも理由がなく、失当というべきである。

6  弁護士費用 五万円

弁論の全趣旨によれば、原告が、本件訴訟の提起及び遂行を原告訴訟代理人に委任し、その着手金及び報酬として相当額を支払うことを約束したことが認められるところ、本件訴訟の内容及び認容額等の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある右弁護士費用相当の損害額は五万円と認めるのが相当である。

7  被告会社に対する遅延損害金請求について

自賠法一六条一項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務は、期限の定めのない債務であり、民法四一二条三項により保険会社が被害者から履行の請求を受けた時から遅滞の責に任ずべきものであるところ(最高裁判所昭和六一年一〇月九日第一小法廷判決・判例時報一二三六号六五頁)、原告の被告会社に対する本訴請求に係る損害賠償額の支払を求める債権につき、原告が被告会社に対し本訴状の送達をもつてするより前に履行の請求をしたとの事実はこれを認めるに足りる証拠はないから、右債権は右送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六二年一一月二一日から遅滞に陥つたものというべきである。

四  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告荒武に対し五六万五九五五円及びうち三〇万円に対する本件事故の日である昭和六一年二月二二日から、その余の二六万五九五五円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和六二年一一月二一日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し五六万五九五五円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である同日から支払ずみまで前同様の遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 藤村啓 潮見直之)

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